來來屋での面接は一発で通過した。
來來屋は座席6箇所とカウンター9箇所の小さな店だった。
その翌日から仕事が始まった。
オーナーは鎌刈必勝という中年で、160cmに90kgちかくの面白いおっちゃんだった。
他にも二人がいた、橋本と片山だった。僕より3歳年下の神戸西宮出身の同級生同士だった。
この二人は今も僕が日本での一番仲がいい友達であるのだ。
キッチンの仕事を教えてもらっただけじゃなくて、友達のイベント、例えば、結婚式とか忘年会とかスキーで長野へ行ったときとかとにかく結構楽しんでいただいた。凄く感謝している。
そして、2005年、橋本の結婚式にも参加したし、2006年末に橋本の子供が生まれたときにもお祝いをしてあげた。凄く喜んだので嬉しかった。
この二人が独立のため、來來屋を3ヶ月後に辞めるということで緊急募集に出したのであった。
とにかく頑張った、来日一年目よりかなりやり易かった。なれというもんはいいもんだ。
一ヶ月後、オーナーは私にレギュラーを頼んだ。つまり、週6回出勤して欲しいと、月給は25万、まあまあだった。
学校の研究生になったら週一回、二回で調節できると思った。結果的にそうだった。
追手門学院大学というのは茨木市にある私立大学である。そこを選んだ理由は簡単だった。学費だ。一年10万円、そのキャンペンを三年ぐらいやったと思う。僕はタイミングよかった。
そこで、いろいろ教えていただきながら勉強もできたし、一年後には借金も完済できるようになったのだ。
振り替えて見たらこの二、三年かん、僕は好きなお酒もあんまりのんでなかってた。
一回、橋本の友達とイベントがあってお酒をちょっと飲んだことがあった。中国の気持ちで気分良く乾杯した結果、すぐ酔っ払いになって友達にご迷惑をかけた事もあった。びっくりした。体に異変が起こっていたに間違いない。体質が変わったのだ。その後からは十分気をつけながら、あまり飲まないようにしている。
店のオーナーについてちょっと話したいと思う。
境市出身のおっちゃんは若いとき、大阪市内の風俗店で店長をやっていた。日本のバブル経済の波に乗って結構儲かったらしいだった。
そのあと、一等地ー谷町4丁目で喫茶店を営んで、結構忙しく働いたらしかった。その後、雇った従業員と喧嘩があって、そこから今の深江橋にやってきたのである。売り上げは前と比べたら話にならないぐらい少ないと聞いた。
ここで僕は2000.12.13から2003.2.28まで過ごした。
元々は、正直に言ったら2002年を越えなかったかもしれない、体の疲れの問題ではない、体が重かったオーナーが店の営業最中の11時頃になったらカウンターで寝てしまうことである。それを橋本もいやにしてたに違いない。
僕がちょうど考える時、ある人物が店にやってきたのである。そして、まもなくこの店の常連になったのである。
その人物とは、そしてなぜいきなり常連に?
次回をお楽しみに
來來屋は座席6箇所とカウンター9箇所の小さな店だった。
その翌日から仕事が始まった。
オーナーは鎌刈必勝という中年で、160cmに90kgちかくの面白いおっちゃんだった。
他にも二人がいた、橋本と片山だった。僕より3歳年下の神戸西宮出身の同級生同士だった。
この二人は今も僕が日本での一番仲がいい友達であるのだ。
キッチンの仕事を教えてもらっただけじゃなくて、友達のイベント、例えば、結婚式とか忘年会とかスキーで長野へ行ったときとかとにかく結構楽しんでいただいた。凄く感謝している。
そして、2005年、橋本の結婚式にも参加したし、2006年末に橋本の子供が生まれたときにもお祝いをしてあげた。凄く喜んだので嬉しかった。
この二人が独立のため、來來屋を3ヶ月後に辞めるということで緊急募集に出したのであった。
とにかく頑張った、来日一年目よりかなりやり易かった。なれというもんはいいもんだ。
一ヶ月後、オーナーは私にレギュラーを頼んだ。つまり、週6回出勤して欲しいと、月給は25万、まあまあだった。
学校の研究生になったら週一回、二回で調節できると思った。結果的にそうだった。
追手門学院大学というのは茨木市にある私立大学である。そこを選んだ理由は簡単だった。学費だ。一年10万円、そのキャンペンを三年ぐらいやったと思う。僕はタイミングよかった。
そこで、いろいろ教えていただきながら勉強もできたし、一年後には借金も完済できるようになったのだ。
振り替えて見たらこの二、三年かん、僕は好きなお酒もあんまりのんでなかってた。
一回、橋本の友達とイベントがあってお酒をちょっと飲んだことがあった。中国の気持ちで気分良く乾杯した結果、すぐ酔っ払いになって友達にご迷惑をかけた事もあった。びっくりした。体に異変が起こっていたに間違いない。体質が変わったのだ。その後からは十分気をつけながら、あまり飲まないようにしている。
店のオーナーについてちょっと話したいと思う。
境市出身のおっちゃんは若いとき、大阪市内の風俗店で店長をやっていた。日本のバブル経済の波に乗って結構儲かったらしいだった。
そのあと、一等地ー谷町4丁目で喫茶店を営んで、結構忙しく働いたらしかった。その後、雇った従業員と喧嘩があって、そこから今の深江橋にやってきたのである。売り上げは前と比べたら話にならないぐらい少ないと聞いた。
ここで僕は2000.12.13から2003.2.28まで過ごした。
元々は、正直に言ったら2002年を越えなかったかもしれない、体の疲れの問題ではない、体が重かったオーナーが店の営業最中の11時頃になったらカウンターで寝てしまうことである。それを橋本もいやにしてたに違いない。
僕がちょうど考える時、ある人物が店にやってきたのである。そして、まもなくこの店の常連になったのである。
その人物とは、そしてなぜいきなり常連に?
次回をお楽しみに
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