暖昧さを捨て正義を味方に
昨日は日本第二次世界大戦の敗戦の日および戦没者の日である。定例に九段下の武道館にて天皇と総理大臣、数多くの政治家が参列した追悼式が行われた。
そこで、この特殊の日に日本政府の味方がもっと正義に唱える必要がある。
日本政府は戦後一貫して暖味かつ柔軟な方式で重大問題にのぞんできた。いわば日本式お茶を濁す解決法である。これはすべて悪いというわけではなく、むしろ日本のこれまでの発展にプラスを与えた側面も多く、国内問題の解決に大きく寄与したとも言える。
しかし、今日の日本の立場は著しく変わってきた。経済大国になり、政治的な発言力も増した今日の日本は国際的には一種の責任が要求されるようになり、民主、平和、繁栄と均衡のとれた国際社会を実現するために日本はある程度の犠牲さえ義務づけられた。日本政府は日本ばかりでなく真正面から世界を相手にせざるを得なくなった。
ところが、外交上における日本政府の言動には未だに不可解なところが多い。その深層には正義という言葉に対する理解の欠如が伺える。合理主義精神を唱える欧米社会では社会正義という面において東洋よりずっと進んでいるように思う。文化の違いとは言え、これは日本を含む東洋社会が改善すべき問題である。とりわけ、私は侵略戦争に対してあやふやな言葉を連発する日本の総理大臣がとても理性的に正義を訴えるとは考えがたい。
正義を唱えるなら自分の誤りを認める勇気が必要である。私は日本政府はなぜドイツ政府のように素直に自分が戦争で犯した罪を認めることができないのかと不思議に思っている。侵略戦争の言葉に対してさえ二転三転している日本政府はいったい何を考えているだろう?
勿論、これまでのこの問題における日本政府の対応で戦後日本国内の多くの矛盾を和らげることができたし、戦争責任問題という頭を悩ます問題から逃げ出したいきさつもあった。しかし、これは決して問題の真の解決にはならない。今こそ、日本政府はこの問題にけりをつけ、日本国民をすっきりさせるべきではないだろうか?また、そうすることによって日本は本当の意味での国際化の原点に立ち、世界に対してしっかりした進言ができるようになるのではないかと思う。
国際杜会で大きな役割を果たそうとする今の日本はその責任が益々大きくなる。国際杜会で活躍する前にもう一度自分の正義の基盤を確かめておく必要があるのではないか?国内から世界へと飛躍する日本は行動方式と思考方法も重大な転換期を迎えている。本音と建前の泥沼から抜け、暖味な一言語を捨て、正義を味方にし、自ら決断する勇気を持つこと、これは日本のあるべき姿であり、親日派ではなく、反日派ではなく、8年間日本で留学生活を経験した知日派――私の願いでもある。
昨日は日本第二次世界大戦の敗戦の日および戦没者の日である。定例に九段下の武道館にて天皇と総理大臣、数多くの政治家が参列した追悼式が行われた。
そこで、この特殊の日に日本政府の味方がもっと正義に唱える必要がある。
日本政府は戦後一貫して暖味かつ柔軟な方式で重大問題にのぞんできた。いわば日本式お茶を濁す解決法である。これはすべて悪いというわけではなく、むしろ日本のこれまでの発展にプラスを与えた側面も多く、国内問題の解決に大きく寄与したとも言える。
しかし、今日の日本の立場は著しく変わってきた。経済大国になり、政治的な発言力も増した今日の日本は国際的には一種の責任が要求されるようになり、民主、平和、繁栄と均衡のとれた国際社会を実現するために日本はある程度の犠牲さえ義務づけられた。日本政府は日本ばかりでなく真正面から世界を相手にせざるを得なくなった。
ところが、外交上における日本政府の言動には未だに不可解なところが多い。その深層には正義という言葉に対する理解の欠如が伺える。合理主義精神を唱える欧米社会では社会正義という面において東洋よりずっと進んでいるように思う。文化の違いとは言え、これは日本を含む東洋社会が改善すべき問題である。とりわけ、私は侵略戦争に対してあやふやな言葉を連発する日本の総理大臣がとても理性的に正義を訴えるとは考えがたい。
正義を唱えるなら自分の誤りを認める勇気が必要である。私は日本政府はなぜドイツ政府のように素直に自分が戦争で犯した罪を認めることができないのかと不思議に思っている。侵略戦争の言葉に対してさえ二転三転している日本政府はいったい何を考えているだろう?
勿論、これまでのこの問題における日本政府の対応で戦後日本国内の多くの矛盾を和らげることができたし、戦争責任問題という頭を悩ます問題から逃げ出したいきさつもあった。しかし、これは決して問題の真の解決にはならない。今こそ、日本政府はこの問題にけりをつけ、日本国民をすっきりさせるべきではないだろうか?また、そうすることによって日本は本当の意味での国際化の原点に立ち、世界に対してしっかりした進言ができるようになるのではないかと思う。
国際杜会で大きな役割を果たそうとする今の日本はその責任が益々大きくなる。国際杜会で活躍する前にもう一度自分の正義の基盤を確かめておく必要があるのではないか?国内から世界へと飛躍する日本は行動方式と思考方法も重大な転換期を迎えている。本音と建前の泥沼から抜け、暖味な一言語を捨て、正義を味方にし、自ら決断する勇気を持つこと、これは日本のあるべき姿であり、親日派ではなく、反日派ではなく、8年間日本で留学生活を経験した知日派――私の願いでもある。
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코멘트 (2)
いろいろ勉強になりました。自分の考えかあるいはどこかで移したものかわかりませんがやはり面白かった。私はじめにこのホウムに来ました。延辺大学の日本語学部に通っていますがそろそろ卒業で論文のことで資料を探したいと思って。あなたが書いたほかの文章も読み深く感じました。8年間ずっと日本に住んでいましたか?すごい。私も行きたいね。
こちらこそ。わたしにとって時の流れがあっという間の8年でした。日本語専門家ですね、日本に来るべきではないかと思います。。いらっしゃったらお互いに激励しながら頑張りましょうね。
