彼女と付き合って6年、日本に来て3年目を迎えている私です。来たばかりの時は全然分からなかった日本語
もある程度書けるようになりましたので、前から日本で書きたかったことを今回書こうと思います。そもそも
夢にも思わなかった日本への留学の理由を語ると、それは彼女との駆け落ちでした。今でこそ普通に仲の良い平
凡な留学生カップルに見えるかもしれませんが、日本へ留学するまで、そして留学してからも様々なことを二人で乗
越えてきました。どうして、駆け落ちせざるを得なかったのか?それは・・・・・・。
私は中国の少数民族で、人口が200万人を超える朝鮮族の一人です。もちろん彼女もそうです。彼女と初めて
出会ったのは大学(中国)1年生の時の朝鮮族パーティーでした。この出会いによって私の運命が大きく変わることに
なりました。日本に来る前まで私は遊んでばかりいて、無駄な日々を送っていました。一般的な人なら仕事と
か、勉強で忙しくて遊ぶ時間がないと思いますが、私はこれと正反対で遊びが忙しくて勉強する時間がなかった
のです。例え、時間があっても勉強はしませんでした。勉強の意識なんかはまったくなかったのです。今振り返
って見るとその時の私は遊び中毒ではないかと思われます。私の個性と言うか、悪い癖と言うか自分の好きな
モノがあればあらゆる手段を使ってもそれを自分の手に入れようとします。そして、そのお陰で彼女と付き合
うこともできたのです。男女の普通の友達として遊んでいるうちに、彼女のことが好きになりました。だが、
彼女に告白するには恐れていたことがありました。それは、もし彼女に告白して「ごめんなさい」と言われた
ら恋人でなく、友達の関係さえ失ってしまう可能性もあることでした。それで親友の何人かに相談に乗ってもら
い、やはり全てを覚悟して告白することにしました。思い切って告白しましたが、私が確実に片思いだったとい
う事に気付きました。予想通りでありましだが、その時は今の自分が世の中で一番不幸な人だと思うぐらいで
した。一度自分が好きな人に告白して断られた経験がある人は十分に理解できると思います。その時私はこう思
いました。「私がこのように不幸になったのは誰のせいでもなく、全部自分のせいだ。それならば、自分で自
分を幸福な人にさせなきゃいけない」と思いました。つまりそれは彼女と付き合うことでした。そして毎日、
授業が終わってからすぐ彼女の住む女子寮に足を運びました。恐らくどこでも同じだと思いますが、その時う
ちの学校は男子学生の女子寮出入りが禁止されており、誰かを探す場合には一階の受け付けで管理員から放送
(1~3回に0.20元支払う)してもらうシステムになっていました。しかし受け付けで何回放送しても、彼女(寮
の4階の部屋)はまったく降りて来てくれませんでした。告白してからと言うもの、彼女は私のことを避けてい
るようでした。そこで私が取った行動とは、10元を管理員に渡して彼女が降りて来るまで何度も放送すること
でした。この行動は本当に効果がありました。彼女が降りて来たのです。もちろん降りて来たわけは感動でなく怒
りでしたが、私にとっては天にも登るような思いでした。後で彼女から聞いた話ですが、あまりの放送に耐え
られなくなって降りて来たそうです。実は1階で放送すると4階の全体に響くのです。もし、自分が降りて行かな
いと皆に迷惑かけるので、降りざるを得なかったみたいでした。こうして私と彼女のデートは無理やりデートか
ら始まったのです。そして彼女に告白してから4ヶ月だった後の10月10日、優しくて誠実な愛の神様はこの地球
上にもう一組みのカップルを誕生させたのです。嬉しさのあまり私は空に向かって、「すばらしいプレゼン
ト、ありがとう愛の神様よ」と大声で何回も叫びました。自分にどんなにショックな言葉を言われても腐らない
ことと、諦めない私の行動に感動したと彼女は言っていました。このくらいの男ならば自分をきっと幸せにし
てくれると思っていたそうです。まさに氷が水にならず直接水蒸気になる自然法則でした。私に対する怒りから
愛になったのです。我々人間は自然法則に頼るしかないとその時思いました。
デートを楽しんでいたある日、彼女に突然「私と今の関係まで至るのに辛かったの?」と言われました。私はす
ぐ「いやそんなことないよ。平気、平気」と返事したら、「ならば何とか・・・実はね、私たちの関係を父に認めて
もらうには物凄く大変だと思うんだ」と言い出したのです。「なんで?」と私が聞いたら、「時期が来れば自然
に分かるよ」と言いました。その時は彼女が私の心を試していると思っていたのです。人間っていうのは自分
の都合にいいように考えるものですね。冬休みになって故郷に彼女と一緒に帰る時のことです。彼女の話による
と彼女のお父さんが駅まで迎えに来るみたいでした。私達のように親を離れて外地で勉強していた人にとって、
家族の誰かが駅まで迎えに来るのはよくあることだったので気にしなかったのです。駅で彼女のお父さんに会った
瞬間、彼女が前私に言った話が嘘ではないことが一瞬で理解できました。高級スーツに高級車、それだけ見ても
どんな人か推測できました。実は彼女のお父さんは××企業の社長でした。私の想像を遥かに超えていたので
す。その時まで彼女は私に自分の家庭については一切ノーコメントにしていました。その日彼女のお父さんに
言われて、私は彼女の家に遊びに行くことにしました。言うまでもなく二人の関係を、秘密にして普通の友達
として行きました。(何人かの友達と一緒だった)
大学の卒業を目の前にして結婚を前提にしていた私と彼女は、二人の関係を彼女の両親に認めてもらおうとして
彼女の実家に行きました。私の家族について色々聞いた彼女の両親は、私は彼女にふさわしくないと冷たい口調
で言い出しました。男の兄弟がいてしかも次男、親は偉い人、彼女より年が2~3歳上の人こそが自分の娘の相
手になる資格があると言い切りました。私が何度お願いをしたが返って来る言葉は変わりがありませんでした。
彼女のお父さんの要求に私はたった一つも合格できなかったのです。男の兄弟もいないし、私の親も偉くない
し、年も彼女と同じでした。それから彼女の家に電話しても彼女に替わってはもらいませんでした。大学を卒
業して私達はすぐに中国の広州に行きました。私達の駆け落ち旅がもうすでに始まっていたのです。だが、そこ
も駆け落ちの適当な場所ではなかったのです。偶然にも彼女のいとこ兄に見つかってしまい、私達はやむを得ず
他の場所を探すことにしました。そこで家族の目の届かない島国日本を選択したのです。彼女はお父さんに今の
彼氏と別れるので、替わりに日本留学をさせてくださいと要求し、彼女のお父さんは彼女が私のことを忘れる
のにも、そのほうがましだと思い喜んでOKしてくれました。だがこれも全部私達の計画の一つでした。私達
の日本留学に向けての準備は着々と進んでいました。ところが二人の計画が日本に来る朝彼女の両親にバレてしま
いました。彼女に対し、いつも優しかった両親は怒って日本に来るとき見送りさえしてくれませんでした。いつ帰
って来るか、分からない娘なのに・・・!留学と言うのは、何も分からない外国に行くので両親はもちろん、親戚まで
見送りすることがありますが・・・・・・。見送り人で込んでいる空港のロビーの無数の顔の中で、私たちが見慣れた
顔はありませんでした。誰も見送りはしないことを知っていながらも、彼女の目は何かを探しているようでし
た。そんなに尊敬していた両親を迷いもなく裏切って私を選択した彼女、涙が止まらない彼女の顔を見て私は飛
行機の中でこう決心しました。彼女を最高に幸せな女にしてやりたい!と。他人である男女の恋の力がまさか、
親子の愛の力を超えるとは思いませんでした。
まったく別世界に来てしまった私達の日本の生活は正直、辛いことばかりでした。文化のカルチャショッ
ク、バイト先でのイジメなどで、普段は気の強い彼女が一人隠れて泣いているのを何度か見たことがあります。
その姿を見ると多少の後悔の念とともにしっかりしなければと言う責任感が湧いて来ます。彼女を彼女の両親に
一日でも早く会わせるため、私はこの3年間頑張って来ました。彼女のお父さんよりもっと偉い人間になること
が私の夢で、私を何でも切れる鋭いカタナのようにするのが彼女の夢であります。要するに、彼女が画家であれ
ば、私は描き途中の絵であり、彼女が建築家であれば、私はまた完成してない家なのである。
彼女と夢を叶えて皆の祝福の中で堂々と私達の結婚式を挙げたいです。誰も羨む、あ~いう結婚式を!こうして
いる私を「女の人に自分の全てをかけるのは男らしくないと、またばかばかしい」と嘲笑している人もいま
す。確かに、季節より良く変わるのが女の心であります。けれども、その心を変わらないようにするのが、また
男としての責任と能力ではないでしょうか。女の人に全てをかけて自分にもプラスになるのであれば、私は何
回でも喜んでかけます。彼女との出会いによって遊び中毒だった私が今は勉強に頑張っており、夢もでき、彼女
とともに私達の夢に向かって努力し、人生を楽しんでいます。良く変わる女の心を恐れて自分の全てをかけられ
ない人は、まず自分自身に自信が無い人だと思います。そして自分の全てをかけた彼女がいると言うことは私
の誇りであり、自慢であり、われながらもすばらしいことだと思います。生まれからの人材は誰もいない、皆
のできないことができる人こそが人材だと思います。
そして、今まで二人がして来たこととこれからしてゆくことが辛くて後悔の思い出でなく、楽しくて貴重な思
い出として二人だけの愛の歴史上に残るように精一杯頑張って、誰にも真似できないラブラブな長い恋の物語を作
ってゆくつもりです。そしてこの場を借りて彼女に言いたいことがあります。「ありがとう。そして愛してい
るよー永遠に-」。
もある程度書けるようになりましたので、前から日本で書きたかったことを今回書こうと思います。そもそも
夢にも思わなかった日本への留学の理由を語ると、それは彼女との駆け落ちでした。今でこそ普通に仲の良い平
凡な留学生カップルに見えるかもしれませんが、日本へ留学するまで、そして留学してからも様々なことを二人で乗
越えてきました。どうして、駆け落ちせざるを得なかったのか?それは・・・・・・。
私は中国の少数民族で、人口が200万人を超える朝鮮族の一人です。もちろん彼女もそうです。彼女と初めて
出会ったのは大学(中国)1年生の時の朝鮮族パーティーでした。この出会いによって私の運命が大きく変わることに
なりました。日本に来る前まで私は遊んでばかりいて、無駄な日々を送っていました。一般的な人なら仕事と
か、勉強で忙しくて遊ぶ時間がないと思いますが、私はこれと正反対で遊びが忙しくて勉強する時間がなかった
のです。例え、時間があっても勉強はしませんでした。勉強の意識なんかはまったくなかったのです。今振り返
って見るとその時の私は遊び中毒ではないかと思われます。私の個性と言うか、悪い癖と言うか自分の好きな
モノがあればあらゆる手段を使ってもそれを自分の手に入れようとします。そして、そのお陰で彼女と付き合
うこともできたのです。男女の普通の友達として遊んでいるうちに、彼女のことが好きになりました。だが、
彼女に告白するには恐れていたことがありました。それは、もし彼女に告白して「ごめんなさい」と言われた
ら恋人でなく、友達の関係さえ失ってしまう可能性もあることでした。それで親友の何人かに相談に乗ってもら
い、やはり全てを覚悟して告白することにしました。思い切って告白しましたが、私が確実に片思いだったとい
う事に気付きました。予想通りでありましだが、その時は今の自分が世の中で一番不幸な人だと思うぐらいで
した。一度自分が好きな人に告白して断られた経験がある人は十分に理解できると思います。その時私はこう思
いました。「私がこのように不幸になったのは誰のせいでもなく、全部自分のせいだ。それならば、自分で自
分を幸福な人にさせなきゃいけない」と思いました。つまりそれは彼女と付き合うことでした。そして毎日、
授業が終わってからすぐ彼女の住む女子寮に足を運びました。恐らくどこでも同じだと思いますが、その時う
ちの学校は男子学生の女子寮出入りが禁止されており、誰かを探す場合には一階の受け付けで管理員から放送
(1~3回に0.20元支払う)してもらうシステムになっていました。しかし受け付けで何回放送しても、彼女(寮
の4階の部屋)はまったく降りて来てくれませんでした。告白してからと言うもの、彼女は私のことを避けてい
るようでした。そこで私が取った行動とは、10元を管理員に渡して彼女が降りて来るまで何度も放送すること
でした。この行動は本当に効果がありました。彼女が降りて来たのです。もちろん降りて来たわけは感動でなく怒
りでしたが、私にとっては天にも登るような思いでした。後で彼女から聞いた話ですが、あまりの放送に耐え
られなくなって降りて来たそうです。実は1階で放送すると4階の全体に響くのです。もし、自分が降りて行かな
いと皆に迷惑かけるので、降りざるを得なかったみたいでした。こうして私と彼女のデートは無理やりデートか
ら始まったのです。そして彼女に告白してから4ヶ月だった後の10月10日、優しくて誠実な愛の神様はこの地球
上にもう一組みのカップルを誕生させたのです。嬉しさのあまり私は空に向かって、「すばらしいプレゼン
ト、ありがとう愛の神様よ」と大声で何回も叫びました。自分にどんなにショックな言葉を言われても腐らない
ことと、諦めない私の行動に感動したと彼女は言っていました。このくらいの男ならば自分をきっと幸せにし
てくれると思っていたそうです。まさに氷が水にならず直接水蒸気になる自然法則でした。私に対する怒りから
愛になったのです。我々人間は自然法則に頼るしかないとその時思いました。
デートを楽しんでいたある日、彼女に突然「私と今の関係まで至るのに辛かったの?」と言われました。私はす
ぐ「いやそんなことないよ。平気、平気」と返事したら、「ならば何とか・・・実はね、私たちの関係を父に認めて
もらうには物凄く大変だと思うんだ」と言い出したのです。「なんで?」と私が聞いたら、「時期が来れば自然
に分かるよ」と言いました。その時は彼女が私の心を試していると思っていたのです。人間っていうのは自分
の都合にいいように考えるものですね。冬休みになって故郷に彼女と一緒に帰る時のことです。彼女の話による
と彼女のお父さんが駅まで迎えに来るみたいでした。私達のように親を離れて外地で勉強していた人にとって、
家族の誰かが駅まで迎えに来るのはよくあることだったので気にしなかったのです。駅で彼女のお父さんに会った
瞬間、彼女が前私に言った話が嘘ではないことが一瞬で理解できました。高級スーツに高級車、それだけ見ても
どんな人か推測できました。実は彼女のお父さんは××企業の社長でした。私の想像を遥かに超えていたので
す。その時まで彼女は私に自分の家庭については一切ノーコメントにしていました。その日彼女のお父さんに
言われて、私は彼女の家に遊びに行くことにしました。言うまでもなく二人の関係を、秘密にして普通の友達
として行きました。(何人かの友達と一緒だった)
大学の卒業を目の前にして結婚を前提にしていた私と彼女は、二人の関係を彼女の両親に認めてもらおうとして
彼女の実家に行きました。私の家族について色々聞いた彼女の両親は、私は彼女にふさわしくないと冷たい口調
で言い出しました。男の兄弟がいてしかも次男、親は偉い人、彼女より年が2~3歳上の人こそが自分の娘の相
手になる資格があると言い切りました。私が何度お願いをしたが返って来る言葉は変わりがありませんでした。
彼女のお父さんの要求に私はたった一つも合格できなかったのです。男の兄弟もいないし、私の親も偉くない
し、年も彼女と同じでした。それから彼女の家に電話しても彼女に替わってはもらいませんでした。大学を卒
業して私達はすぐに中国の広州に行きました。私達の駆け落ち旅がもうすでに始まっていたのです。だが、そこ
も駆け落ちの適当な場所ではなかったのです。偶然にも彼女のいとこ兄に見つかってしまい、私達はやむを得ず
他の場所を探すことにしました。そこで家族の目の届かない島国日本を選択したのです。彼女はお父さんに今の
彼氏と別れるので、替わりに日本留学をさせてくださいと要求し、彼女のお父さんは彼女が私のことを忘れる
のにも、そのほうがましだと思い喜んでOKしてくれました。だがこれも全部私達の計画の一つでした。私達
の日本留学に向けての準備は着々と進んでいました。ところが二人の計画が日本に来る朝彼女の両親にバレてしま
いました。彼女に対し、いつも優しかった両親は怒って日本に来るとき見送りさえしてくれませんでした。いつ帰
って来るか、分からない娘なのに・・・!留学と言うのは、何も分からない外国に行くので両親はもちろん、親戚まで
見送りすることがありますが・・・・・・。見送り人で込んでいる空港のロビーの無数の顔の中で、私たちが見慣れた
顔はありませんでした。誰も見送りはしないことを知っていながらも、彼女の目は何かを探しているようでし
た。そんなに尊敬していた両親を迷いもなく裏切って私を選択した彼女、涙が止まらない彼女の顔を見て私は飛
行機の中でこう決心しました。彼女を最高に幸せな女にしてやりたい!と。他人である男女の恋の力がまさか、
親子の愛の力を超えるとは思いませんでした。
まったく別世界に来てしまった私達の日本の生活は正直、辛いことばかりでした。文化のカルチャショッ
ク、バイト先でのイジメなどで、普段は気の強い彼女が一人隠れて泣いているのを何度か見たことがあります。
その姿を見ると多少の後悔の念とともにしっかりしなければと言う責任感が湧いて来ます。彼女を彼女の両親に
一日でも早く会わせるため、私はこの3年間頑張って来ました。彼女のお父さんよりもっと偉い人間になること
が私の夢で、私を何でも切れる鋭いカタナのようにするのが彼女の夢であります。要するに、彼女が画家であれ
ば、私は描き途中の絵であり、彼女が建築家であれば、私はまた完成してない家なのである。
彼女と夢を叶えて皆の祝福の中で堂々と私達の結婚式を挙げたいです。誰も羨む、あ~いう結婚式を!こうして
いる私を「女の人に自分の全てをかけるのは男らしくないと、またばかばかしい」と嘲笑している人もいま
す。確かに、季節より良く変わるのが女の心であります。けれども、その心を変わらないようにするのが、また
男としての責任と能力ではないでしょうか。女の人に全てをかけて自分にもプラスになるのであれば、私は何
回でも喜んでかけます。彼女との出会いによって遊び中毒だった私が今は勉強に頑張っており、夢もでき、彼女
とともに私達の夢に向かって努力し、人生を楽しんでいます。良く変わる女の心を恐れて自分の全てをかけられ
ない人は、まず自分自身に自信が無い人だと思います。そして自分の全てをかけた彼女がいると言うことは私
の誇りであり、自慢であり、われながらもすばらしいことだと思います。生まれからの人材は誰もいない、皆
のできないことができる人こそが人材だと思います。
そして、今まで二人がして来たこととこれからしてゆくことが辛くて後悔の思い出でなく、楽しくて貴重な思
い出として二人だけの愛の歴史上に残るように精一杯頑張って、誰にも真似できないラブラブな長い恋の物語を作
ってゆくつもりです。そしてこの場を借りて彼女に言いたいことがあります。「ありがとう。そして愛してい
るよー永遠に-」。
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코멘트 (4)
ホント感激です☆
末永く幸せになってください。
末永く幸せになってください。
ちくしょ!!!!!涙出そう、、、、、何で最近俺の胸を刺すような
ストーリーがこんな多いの?もう嫌だ~~~~~~~~~~
ストーリーがこんな多いの?もう嫌だ~~~~~~~~~~
휴....
너두 감동되네요..ㅠ,ㅠ
二人の永遠の愛を祈ります!
너두 감동되네요..ㅠ,ㅠ
二人の永遠の愛を祈ります!

愛の力、、、なんと素晴しい力でしょう、、、、!!
頑張って下さい、そして幸せに成ってください!!!!!!!!!!!!!!!
ここで貴方たちの愛が実り、永遠に幸福であることを祈りましょう、、、、、、。