帰化申請の結果
前回は、面接の話だったと思います。面接が終了すると、後はひたすら待ち続けました。
というか、待っていることすら忘れました。実に、10ヶ月程待ったある日、妻から官報にみんなの名前が
載ってるよとの連絡が来ました。
慌てて官報を開き、おお~~~~、ついに、、、、、、感極まって、しばらくは一人で目をつぶっていました。
あまりしていなかっただけに、かえってこれからのことを真剣に考えないとという気持ちになりました。
それからは、法務局の連絡を待ち続けましたが、2週間くらい経っても連絡が来ず、待ちくたびれてこちらから
電話で確認しました。そうすると、なんと、我が家担当の方がすでに転勤(一言連絡しろよ)しており、
別の方が担当となっていました。
その担当曰く、法務局も、まさか妻も許可が下りるとは思っていなかったらしく、彼女の資料を含めるように
作り直した関係で時間が掛かったそうです。
その後、改めて連絡をもらい、戸籍関連の手続きができるように書類をもらいに行きました。
宣誓をしなければいけないなんていろんなところに書かれていましたが、我が家の場合はそのようなことを
させられることはなく、書類をもらったら、そのままあっけなく終わり、役所に直行しました。
という訳で、我が家は、問題なく全員許可が下りたのでした。
妻が最初厳しいといわれましたが、私の行いが良過ぎたのか(笑)、法務局の方も驚いていたくらいでした。
なので、すべての方に当てはまるとは言い難いかもしれないですね。我が家のケースをあくまでも
参考程度にしていただければと思います。
それでは、帰化申請に関する内容は終わりにしたいと思います。
帰化して、数年が経ちました。
かつての母国は、経済発展がめまぐるしく、嬉しく思う一方で、
大気汚染等もひどく、最近で両国に軍事衝突にも発展しかねない事態が発生し、
平和を切に思う我々帰化人からすれば、大分悲しい状況です。
さて、そんな中で、友人からは、お前帰化じゃなくて、
永住にすればよかったじゃんなんて言われます。
こういう話をする人は、帰化とか、永住をただ単に日本に住むための
手段として考えていないのが分かります。
確かに、このように考える人が多いのも事実です。
しかし、長く日本に住み着いていて、仕事も家庭もすべての生活基盤も日本にあり、
言葉も、頭の中もすっかり日本人と同じになっていて、富士山も温泉も旅館も大好きで、
塩辛、寿司、干物が好物で、もはや自分のことを外国人と思っている回りは誰もいなくて...
このような自分と同じ人もたくさんいると思います。
このような人は、大概日本が大好きで、自分を日本人だと思っています。
いざというときでも、日本を捨てたりはしないと思います。
このような人たちは、帰化が向いていると自分は思います。
こんな感じなので、既に回りが何の違和感もなく接してくれているので、
逆に帰化しても、生活としてはほとんど変化がありません。
それでも感じ取れた変化は?
【仕事】
長く働いていく覚悟が見えたのか、上司からの信頼がより厚くなった気がします。
しかし、仕事はやはり仕事、日本人になったからといって、劇的に何か変わることはありません。
日々、コツコツ実績を積んでいく、それはこれまでも、これからも変わりません。
【生活】
生活で変わったのは、名前が変わったこと、住宅ローンが大分スムーズに組めたことくらいです。
実家に帰る際に、再入国許可が必要ないのは、有難いことですが、2週間以上滞在しようとすると、
ビザを申請する必要があるので、注意が必要です。
悩み事が二つあります。
子どもが日本語しか話せません。保育園に通い出してから、日本語以外の言葉を覚えようとしません(T_T)
まあ、これは帰化したからとかは関係ありませんね。自分の教え方が悪いだけですから...
もう一つは親の面倒があまり見れないです。なるべく来てもらうなり、行く機会を作るしかありません。
日本は年寄りの外国人の定住には相当厳しいので、一人っ子は親の老後生活をどうするか、いろいろ考慮する必要があります。
確かに、老人を日本に受け入れた場合、保険やらの給付で出費だけが増えて何もいいことがないように
見えはしますが、我々の場合、親を敬う、面倒を見るに関しては、自分の費用で保証するから在留許可してほしいものです。
公園に住んでいる方々や生活保護にしがみつく方々に比べれば、よっぽどかかる費用が少ないと思います。
親の来日について、どなたか良いアドバイスがあれば、お願いいたします。
私の場合、仕事は大変ですが、結論現時点では後悔はありません。日本大好きですから。
前回は、面接の話だったと思います。面接が終了すると、後はひたすら待ち続けました。
というか、待っていることすら忘れました。実に、10ヶ月程待ったある日、妻から官報にみんなの名前が
載ってるよとの連絡が来ました。
慌てて官報を開き、おお~~~~、ついに、、、、、、感極まって、しばらくは一人で目をつぶっていました。
あまりしていなかっただけに、かえってこれからのことを真剣に考えないとという気持ちになりました。
それからは、法務局の連絡を待ち続けましたが、2週間くらい経っても連絡が来ず、待ちくたびれてこちらから
電話で確認しました。そうすると、なんと、我が家担当の方がすでに転勤(一言連絡しろよ)しており、
別の方が担当となっていました。
その担当曰く、法務局も、まさか妻も許可が下りるとは思っていなかったらしく、彼女の資料を含めるように
作り直した関係で時間が掛かったそうです。
その後、改めて連絡をもらい、戸籍関連の手続きができるように書類をもらいに行きました。
宣誓をしなければいけないなんていろんなところに書かれていましたが、我が家の場合はそのようなことを
させられることはなく、書類をもらったら、そのままあっけなく終わり、役所に直行しました。
という訳で、我が家は、問題なく全員許可が下りたのでした。
妻が最初厳しいといわれましたが、私の行いが良過ぎたのか(笑)、法務局の方も驚いていたくらいでした。
なので、すべての方に当てはまるとは言い難いかもしれないですね。我が家のケースをあくまでも
参考程度にしていただければと思います。
それでは、帰化申請に関する内容は終わりにしたいと思います。
帰化して、数年が経ちました。
かつての母国は、経済発展がめまぐるしく、嬉しく思う一方で、
大気汚染等もひどく、最近で両国に軍事衝突にも発展しかねない事態が発生し、
平和を切に思う我々帰化人からすれば、大分悲しい状況です。
さて、そんな中で、友人からは、お前帰化じゃなくて、
永住にすればよかったじゃんなんて言われます。
こういう話をする人は、帰化とか、永住をただ単に日本に住むための
手段として考えていないのが分かります。
確かに、このように考える人が多いのも事実です。
しかし、長く日本に住み着いていて、仕事も家庭もすべての生活基盤も日本にあり、
言葉も、頭の中もすっかり日本人と同じになっていて、富士山も温泉も旅館も大好きで、
塩辛、寿司、干物が好物で、もはや自分のことを外国人と思っている回りは誰もいなくて...
このような自分と同じ人もたくさんいると思います。
このような人は、大概日本が大好きで、自分を日本人だと思っています。
いざというときでも、日本を捨てたりはしないと思います。
このような人たちは、帰化が向いていると自分は思います。
こんな感じなので、既に回りが何の違和感もなく接してくれているので、
逆に帰化しても、生活としてはほとんど変化がありません。
それでも感じ取れた変化は?
【仕事】
長く働いていく覚悟が見えたのか、上司からの信頼がより厚くなった気がします。
しかし、仕事はやはり仕事、日本人になったからといって、劇的に何か変わることはありません。
日々、コツコツ実績を積んでいく、それはこれまでも、これからも変わりません。
【生活】
生活で変わったのは、名前が変わったこと、住宅ローンが大分スムーズに組めたことくらいです。
実家に帰る際に、再入国許可が必要ないのは、有難いことですが、2週間以上滞在しようとすると、
ビザを申請する必要があるので、注意が必要です。
悩み事が二つあります。
子どもが日本語しか話せません。保育園に通い出してから、日本語以外の言葉を覚えようとしません(T_T)
まあ、これは帰化したからとかは関係ありませんね。自分の教え方が悪いだけですから...
もう一つは親の面倒があまり見れないです。なるべく来てもらうなり、行く機会を作るしかありません。
日本は年寄りの外国人の定住には相当厳しいので、一人っ子は親の老後生活をどうするか、いろいろ考慮する必要があります。
確かに、老人を日本に受け入れた場合、保険やらの給付で出費だけが増えて何もいいことがないように
見えはしますが、我々の場合、親を敬う、面倒を見るに関しては、自分の費用で保証するから在留許可してほしいものです。
公園に住んでいる方々や生活保護にしがみつく方々に比べれば、よっぽどかかる費用が少ないと思います。
親の来日について、どなたか良いアドバイスがあれば、お願いいたします。
私の場合、仕事は大変ですが、結論現時点では後悔はありません。日本大好きですから。
コメント (1)
축하드립니다.